目次
- 1 降格の種別
- 2 判断基準
- 3 公正評価義務
- 4 人事権に基づく降格
- 5 病気休職と降格
- 6 降格と賃金
- 7 降格に関する判例
- 8 会社側の裁量権を認めたもの
- 9 日本レストランシステム事件 大阪地裁 平成16.1.23
- 10 金融経済新聞社(賃金減額)事件 東京地裁 平成15.5.9
- 11 マナック事件 広島高裁 平成13.5.23
- 12 ジャパンシステム事件 東京地裁 平成8.5.28
- 13 上州屋事件 東京地裁 平成9.11.18
- 14 星電社事件 神戸地裁 平成3.3.14
- 15 エクイタブル生命保険事件 東京地裁 平成2.4.27
- 16 渡島信用金庫(懲戒解雇)事件 札幌高裁 平成13.11.21
- 17 フジシール事件 大阪地裁 平成12.8.28
- 18 豊光実業事件 大阪地裁 平成12.5.30
- 19 近鉄百貨店事件 大阪地裁 平成11.9.20
- 20 医療法人財団東京厚生会 大森記念病院事件 東京地裁 平成9.11.18
- 21 バンク・オブ・イリノイ事件 東京地裁 平成7.12.4
降格の種別
(1) 人事権行使としての降格(職位の引き下げとそれに伴う賃金の引き下げ)
(2) 懲戒処分としての降格(降職)
(3) 職能資格制度における資格の引き下げとしての降格
裁判所は、使用者が職能資格を引き下げて減額を行うためには、「労働契約の内容を変更するものであるから、労働者の承諾を得るか、就業規則に根拠がなければこれをすることができない」としました (豊光実業事件 大阪地裁 平成12.5.30)。
職能資格制度は労働者の能力段階に応じた資格への格付けによって賃金を決定する制度であり、労働者がある資格等級に格付けされると、それに対応する賃金額が確定し、契約内容と使用者は明確な根拠がないかぎり、それを引き下げることは出来ないと考えられます。
判断基準
降格そのものは会社の裁量ですが(ただし就業規則等の根拠は必要)、それが権利濫用とみられるかどうかは、以下のような基準を参考とします。
(1) 使用者側における業務上の必要性の有無・程度
(2) 労働者の被る不利益の性質・程度
(3) 労働者側における帰責性の有無・程度
(4) 嫌がらせによる退職強要など不当な動機・目的をもってなされたものかどうかなどの諸事情
公正評価義務
使用者には、労働契約の信義則上の義務として、労働者の職業能力の評価を客観的基準に基づき公正に行うべき職業能力の公正評価義務が課されているというべきであって、この公正評価義務を怠り、誤った評価・査定をした場合は、その評価は無効となるという考え方が成り立ちます。
その場合の考慮要素としては、
1、制度導入・運用目的の正当性
2、目標設定の妥当性、公平性
3、降給(降格)の根拠規定の存在
4、客観的かつ合理的な評価基準の設定及び公開
5、評価の客観性の担保措置
6、評価に対する労働者の異議申立制度
7、使用者が説明・協議を尽くしたこと
などが考えられます。
人事権に基づく降格
ここでの「降格」は、職位の上昇(昇進)に対応する概念です。
まず、第一に検討しなくてはならないのは、その降格が「人事権の濫用」に当たらないかどうかです。
正当な理由もないのに「アイツは気に入らないから」とか「降格して兵糧攻めにして、退職に追い込んでやろう」という意図でいきなり平社員に降格したというのでは、人事権の濫用と判断され、無効となります。
病気休職と降格
休職明けに従前の役職に復職させた場合でも、心の病気などにより職務遂行能力の低下がみられ、当該役職に求められるパフォーマンスを発揮できず、当該役職にふさわしくないと認められる場合には、人事権の行使として、その役職を下げたり、外したりすることも可能です。
ただし、一方的な役職の変更はできないので、本人の同意を得るべきだといえます。
どうしても本人が同意しない場合は、解雇を考えざるを得ません。
降格と賃金
職位と職務内容が変更され、しかも賃金は職務内容に追随して決定されるので、降格に伴う賃金の引き下げは、職位の変更が有効であるかぎりは、原則として許されます。
例えば、「交通事故を引き起こした自動車運転手を制裁として助手に格下げし、従って賃金も助手のそれに低下せしまる場合(昭和26.3.14 基収第518号)」や「職務毎に異なった基準の賃金が支給されることになっている場合に職務替により賃金が低下する場合(昭和26.3.31 基収第938号)」は降格、降職などの職務変化に伴う当然の結果であり、労働基準法第91条の減給の制裁には該当しないとされています。
なお、この場合も、就業規則に「職能資格等級を引き下げ、給料を下げることができる」等を定めた根拠規定が必要とされます。
これに対して、「職務を変更しないまま、資格を変更して賃金を引き下げる措置」は、契約内容(賃金額)の変更を意味するので、労働者の同意を要することになるといえます。
職能資格制度上の資格は賃金処遇と直結しており、資格への格付けは賃金額を契約内容として確定する効果をもちます。
加えて、これら根拠規定が整備されたときも、それに基づく人事評価と降格が「公正な評価」要件のもとに置かれることは当然でしょう。
降格に関する判例
降格は使用者のもつ人事権の裁量的行為だとされていますが、権利濫用と見なされる場合は無効だと判断されます。
会社側の裁量権を認めたもの
日本レストランシステム事件 大阪地裁 平成16.1.23
社内規定・法令等不遵守を理由とするマネージャー職の店長職への降格。
就業規則において、経験、勤務成績、職務遂行能力により決定される職位に応じた職務給と職務手当ての支給、降格の可能性が定められており、降格とそれに伴う減給が予定されている。
社内マニュアルテストの成績が低く、社内規程や法令の不遵守につき改善の指示を受けながら放置したことは、降格事由に該当する。
アルバイトへのサービス残業の強要、無銭飲食の黙認をしていたことがあり、降職は有効である。
このことから、大阪の店舗マネージャー職から東京営業部への本件配転を命じる業務上の必要性がないとはいえず、また、無償の社宅の提供、東京の専門医療機関への紹介が可能であることを考えると、本件配転により原告の長女の疾病に関し原告が受ける不利益は必ずしも小さいとはいえないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいいがたい。
金融経済新聞社(賃金減額)事件 東京地裁 平成15.5.9
就業規則の定めにより、査定を行うことなく給与額の減額を行うことは、労働契約違反というべきである。
被告の主張する人事評価に基づく給与額の算定が行われたと認めがたい以上、減給額の算定は違法であり、合理的な査定によって減給がされない場合は前年の賃金を支給すると解すべきである。
降格処分が無効である以上、原告は役付手当請求権を失わない。賞与の受給権も有する。
マナック事件 広島高裁 平成13.5.23
勤務成績・経営批判を理由とする降格。
企業の行う人事考課は、その性質上広範な裁量に委ねられるから、査定方法が不合理であるとか、恣意的になされたものと認められない限り、適法なものというべきである。本件各昇給決定には合理的な理由があり、違法ではない。
ただし、その後4年間にわたり評定が最低のE評価を受け、賃金が減額され、その間、賞与についても不支給条項該当者とされたのは、会社側に裁量権の逸脱がある、経営批判を理由とした極端に低位な査定であり、裁量権を逸脱する違法なものであるとし、差額賃金請求の一部については認容された。
ジャパンシステム事件 東京地裁 平成8.5.28
職位が経理部担当部長から監査室課長に降格され、それと連動している職能給資格が2級降格されて給与が減額された事案。
降格降給も、裁量の範囲を著しく逸脱し人事権の濫用にわたらない限り、その効力は否定されないとし、使用者の裁量権を著しく逸脱したとは認められないとした。
上州屋事件 東京地裁 平成9.11.18
配転に際して店長職から主任に降格し、それに伴い職務等級が5等級から4等級とされ、その結果、職能給が1万300円、役職手当が7万8000円減額された事案。
就業規則上も人事異動を命ずる権限が定められており、懲戒処分としてではなく人事権の行使として行われた本件降格異動には合理的理由があり、権利の濫用にも当たらないとした。
星電社事件 神戸地裁 平成3.3.14
部長職から一般職への5ランクの大幅降格である本件処分の是非が問題となるようであるが、降格処分に処すること自体が権利の濫用に当たらないと判断される以上、同処分の内容は被告会社の経営方針ないし経営内容上の判断に従ってなされるものであるから、これは明らかにその内容においても不当なものであると見られないものであるときは、被告会社の判断を尊重すべき性質のものであると解される。
右の点からすると、本件処分は不当なものとは認められない。
エクイタブル生命保険事件 東京地裁 平成2.4.27
営業所の営業不振のため営業所長を社員に降格した。
裁判所は、役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量に委ねられており、裁量の範囲を逸脱しない限り有効であるとの判断を下した。
このため、「総合的に営業所長として適性を判断した結果、債権者らを含む4名の営業所長について能力が劣ると判断して所長代理に降格する旨を通告し、債権者らの承諾を得られないまま債権者らを所長代理とした場合の受入れ営業所側の不都合を考慮して本件降格を行ったことは、・・・ これによれば本件降格について債務者がその裁量権を逸脱したものとは認められないものといわなければならない」としている。
人事権の濫用だとしたもの
人事権の行使であっても、社会通念上著しく妥当性を欠き権利の濫用にあたると認められる場合は、違法となります。
渡島信用金庫(懲戒解雇)事件 札幌高裁 平成13.11.21
本人が同意した降格により、当然に減給できるかが争われた。
原告は自己の被る不利益を正確に認識して、真意に基づき同意したとはいえない。資格規定や給与規定も、降格による減給を当然に想定したものとは言えず、仮にその余地があったとしても、従来資格と職位の不一致が継続的になされてきたことを考慮すると、減給は権利の濫用に当たる、とされた。
フジシール事件 大阪地裁 平成12.8.28
配転命令拒否を理由として、降格。
大阪の出向先で技術開発部に属していた労働者に対する筑波の印刷工場でのインク缶運搬(肉体労働)業務への配転命令を、退職勧奨拒否に対する嫌がらせとして無効とした。
退職勧奨を拒否した直後に従前の開発業務とは全く異なった業務に従事させていること、Xが担当した業務がその経験や経歴とは関連のない単純労働であったこと等に照らせば、本件配転命令は、退職勧奨拒否に対する嫌がらせとして発令されたものというべきで権利の濫用として無効であるといわざるをえない。
豊光実業事件 大阪地裁 平成12.5.30
賃金の減額を伴う降格は、労働契約の内容を変更するものであるから、労働者の承諾を得るか、就業規則に根拠がなければこれをすることができない。
近鉄百貨店事件 大阪地裁 平成11.9.20
60歳への定年延長に伴い、管理職にある者が55歳に達すると原則として役職を外れて待遇職となる制度(役職給が4割カットされる)が導入され、その制度に基づいて部長待遇職とされた労働者が、約2年後に、勤務態度、勤務成績が悪く、その改善が見られないとの理由で課長待遇職へ降格(それにより給与が月4万8000円減額)された事案。
労働者が勤労意欲を失い、上司との人間関係を悪化させた点について使用者にも責められるべき点があること、労働者の勤務態度が改善されつつあったことなど諸事情を考慮して、人事権の裁量を逸脱し、人事権を濫用した違法なものであるとした。
医療法人財団東京厚生会 大森記念病院事件 東京地裁 平成9.11.18
記録紛失等を理由に管理職不適と判断して、労働者を婦長から平看護婦に2段階降格した事案。
降格を含む人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用にあたると認められない限り違法とはならないと解されるが、使用者に委ねられた裁量判断を逸脱しているか否かを判断するにあたっては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業体における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮すべきである。
諸事情を総合考慮すると、本件においては、婦長から平看護婦に2段階降格しなければならないほどの業務上の必要性があるとはいえず、本件降格はその裁量判断を逸脱した無効・違法なものであるとした。
ただし、賠償額については、33万円+遅延損害金のみを認めた。
バンク・オブ・イリノイ事件 東京地裁 平成7.12.4
課長から課長補佐待遇へ降格し、総務課(受付)へ配転した事案。
原告の人格権(名誉)を侵害し、職場内・外で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたものであり、被告に許された裁量権の範囲を逸脱した違法なものであって不法行為を構成するというべきである。
そして、原告が総務課(受付)配転を受ける前後の経過に照らし、右配転によって原告が受けた屈辱感・精神的苦痛は甚大なものがあると認められ、原告の右精神的苦痛は、解雇されるまで継続したこと等本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、慰謝料としては、金100万円をもって相当と認める。