目次
- 1 経歴詐称を理由とする懲戒権の濫用
- 2 就職後に経歴詐称がわかると
- 3 解雇を有効とした判例
- 4 グラバス事件 東京地裁 平成16.12.17
- 5 山口観光事件 大阪地裁 平成7.6.28
- 6 正興産業事件 浦和地裁川越支部 平成6.11.10
- 7 環境サービス事件 東京地裁 平成6.3.30
- 8 炭研精工事件 最高裁 平成3.9.19
- 9 立川バス事件 東京地裁八王子支部 平成1.3.17
- 10 都島自動車商会事件 大阪地裁 昭和62.2.13
- 11 相銀住宅ローン事件 東京地検 昭和60.10.7
- 12 生野製作所事件 横浜地裁川崎支部 昭和59.3.30
- 13 弁天交通事件 名古屋高裁 昭和51.12.23
- 14 三菱金属鉱業事件 東京地裁 昭和46.11.25
- 15 関西ペイント事件 東京地裁 昭和30.10.22
- 16 大和毛織事件ほか 東京地裁 昭和25.8.31
- 17 解雇を無効とした判例
- 18 秋草学園事件 浦和地裁川越支部 平成11.1.21
- 19 マルヤタクシー事件 仙台地裁 昭和60.9.19
- 20 三愛作業事件 名古屋高裁 昭和55.12.4 名古屋地裁 昭和55.8.6
経歴詐称を理由とする懲戒権の濫用
経歴詐称が発覚した場合には、使用者はこれを理由に懲戒解雇を行うことが一般的です。
経歴詐称による労働力の瑕疵が重大であって、解雇の正当事由となりうるようなものであれば、使用者は普通解雇をすることができます。
もっとも、それがその労働者の行う業務に直接影響を及ぼす場合は別として、一般的に労働力とは関係のない性質の事項の詐称は、普通解雇の解雇事由とするのも不当であると考えられます 。
経歴詐称を理由とする懲戒解雇権の濫用の判断も、諸般の事情(詐称の内容・程度、入社後の勤続年数、勤務成績、使用者の調査の程度・方法など)を考慮して、企業からの追放、しかも懲戒という烙印を押して追放することがやむを得ないかという観点から行われることに関しては、他の懲戒解雇の場合と変わりがありません。
また、詐称の内容などに関しては、詐称された「経歴」は重要なものでなければならないとされています。
懲戒解雇が企業秩序侵害を理由に認められていることから考えますと、判例の「詐称がなければ雇用されなかったであろう程度」の重要性という基準はあいまいといえるでしょう。
むしろ、秩序侵害の大きいものが重要な経歴詐称と考えるべきでしょう。
就職後に経歴詐称がわかると
判例は、就業規則所定の懲戒事由である経歴詐称の根拠を、労働力の評価、選択、位置づけを誤らせたこと、信頼関係を基礎とする継続的な雇用関係の下で経歴詐称という不信義性があること、あるいはこうした不信義性は企業秩序侵害の可能性を持っていることに求め、 「真実を告知したならば採用しなかったであろう重大な経歴」にあたるか否かを基準にして懲戒解雇の効力を判断しています。
解雇を有効とした判例
グラバス事件 東京地裁 平成16.12.17
JAVAの上級技術者の募集に応募し、採用されたプログラマーが、実はプログラム開発がほとんど行うことができないことが発覚した。
開発業務はコンピニのコピー機を用いてのチケット予約サービス。途中、会社は開発状況に不安を感じ、応援の申出をしたが、原告は間に合うと答えたのみで、進捗状況の確認に応じようとしなった。しかし、プログラムはほとんど未完成の状態だった。
会社は、就業規則の懲戒解雇事由である「重要な経歴を偽り採用されたとき」に該当すると判断し、即時解雇を通告した。従業員は、懲戒解雇無効と賃金支払いを求めた。
裁判所は、労基署長の除外認定は受けていないものの、労働者の責めに帰すべき事由に基づく解雇に該当すると判断し、懲戒解雇有効、予告手当の支払義務はないとした。
山口観光事件 大阪地裁 平成7.6.28
年齢を理由とする経歴詐称が、職種がマッサージであることに鑑み、・・・原告が真実の年齢を申告したとすれば、被告が原告を採用しない可能性が多分にあり、懲戒解雇理由に該当し、権利濫用に当たらない。
正興産業事件 浦和地裁川越支部 平成6.11.10
高校中退を高校卒業と偽って自動車教習所の指導員となった者につき、高卒の学歴を有していないことが当初から判明していれば採用することはなかったとし、当該詐称が就業規則の「履歴書の記載事項を詐って採用されたことが判明したとき。」に該当して、懲戒解雇事由に該当するとした。
環境サービス事件 東京地裁 平成6.3.30
雇用契約締結時に、給排水工事についてあまり経験がなかったにもかかわらず、それについて5年の経験を有しどのような仕事でもできる旨虚偽を述べた労働者の行為は、解雇予告を必要としない「労働者の責に帰すべき事由」に当たる。
炭研精工事件 最高裁 平成3.9.19
中学・高校卒業者のみを募集対象とする企業に対し、大学中退にもかかわらず高卒として応募し、刑事事件で保釈中であることについては「賞罰なし」と記載していた労働者が、軽犯罪法違反・公務執行妨害罪で逮捕され欠勤した。会社は、この労働者を懲戒解雇したため、労働者側は地位確認請求を起こした。
裁判所は、最終学歴には真実を申告する義務を負うとして、この懲戒解雇を有効と判断した。
ただし、履歴書の賞罰欄については、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべきであって、いまだ判決を言い渡されていないことについては「賞罰なし」でも事実に反するものではない、とされた。
立川バス事件 東京地裁八王子支部 平成1.3.17
乗車券不正使用、自家用車の飲酒運転等を理由に解雇された職歴を秘匿して採用された者に対する解雇が有効とされた。
都島自動車商会事件 大阪地裁 昭和62.2.13
タクシー業を経営する被申請人にとっては、面接時に、申請人が過去にタクシー乗務員として稼働した事実が明らかにされていれば、その点につき調査を遂げ、申請人の能力・成績等を判断し申請人の採否の決定そのものについての重要な資料とすることが可能であったし、採用後の指導・監督についてもその内容がタクシー乗務員の経験の有無により異なった可能性があったといえるが、申請人は、被申請人に提出した履歴書の職歴の記載は、前記のとおりであって、申請人はその職歴のうち成否の決定に重要な影響を及ぼすものについて、あえて記載しなかったのであって、被申請人が履歴書の提出を求めた趣旨は没却されたに等しく、申請人の経歴詐称を軽視することはできない。
そして、被申請人が、本件仮処分の審尋手続中にTタクシー会社に申請人の稼働状況等を問い合わせたところ、得られた回答は前記のとおり、はかばかしいものではなかったのであって、被申請人が面接時に申請人の経歴が判明していれば、その採否はもちろんのこと、仮に採用された場合でもその指導監督についても重要な差違が生じていたものであって、申請人の経歴詐称を理由とする懲戒解雇は相当である。
相銀住宅ローン事件 東京地検 昭和60.10.7
大学入学の事実はなく、また警察官としての経歴も警察学校在籍期間を含めて1年5ヶ月しかないにもかかわらず、「大学中退・警察官として9年勤務した」と経歴を詐称。
懲戒解雇は有効とされた。
生野製作所事件 横浜地裁川崎支部 昭和59.3.30
長年溶接作業に従事してきたかのごとく詐称して入社した者についてなされた諭旨解雇につき、溶接の熟練工であると判断したことが決め手となって採用したものであるから、当該詐称の背信性は大きく、当該諭旨解雇は有効であるとした。
スーパーバッグ事件 東京地裁 昭和54.3.8
新制高等学校以下の学歴の者を採用する方針の会社に、短大卒の学歴を高卒と偽り、また5年7ヶ月に及ぶ職歴を秘匿して入社した者に対する懲戒解雇を有効とした。
弁天交通事件 名古屋高裁 昭和51.12.23
経験者を雇用しない方針のタクシー会社において、以前別のタクシー会社に勤務し懲戒解雇されたことを秘匿したことを理由とした解雇が有効とされた。
三菱金属鉱業事件 東京地裁 昭和46.11.25
大学以上の学歴を有するものと中・高卒以下の学齢を有する者とについて、別個の職位を設定し、採用時点からその後の雇用期間の全体にわたって取扱いをまったく異にしており、それぞれの職位について、採用を行う機関はもとより、募集、選考の方法、格付け昇進の経路、所掌の機関、労働契約の内容、加入する労働組合組織に至るまで、明確に区別している会社の工事現務員の採用募集に応募した大卒者が高卒として申告して採用されたことにつき、会社が同人を「入社にあたり重要な経歴をいつわっていた」として解雇したことは是認できる。
関西ペイント事件 東京地裁 昭和30.10.22
経歴詐称がなかったならば雇用契約が締結されなかったであろうという因果関係が、社会的に妥当と認められる程度に重大なときは、経歴詐称を理由とする解雇は適法である。
大和毛織事件ほか 東京地裁 昭和25.8.31
およそ近代的企業にあっては、使用者が労働者を雇入れるについては、その労働力を企業内における労務の配置構成、管理等一定の経営秩序の中に有機的継続的に組織づけなければならない。
労働者が何らかの詐術を用いて企業に入り込むこと自体をまずもって排除しなければ、経営秩序の完全なる維持は望み得ない。
経歴詐称等の詐術を用いて雇入れられたこと自体を制裁の対象とするに何らの妨げなきものといわねばならない。
解雇を無効とした判例
秋草学園事件 浦和地裁川越支部 平成11.1.21
真実は「中央大学通信教育部インストラクター」の地位にあったに過ぎないのに「中央大学通信教育部資格審査委員会の審議を経て講師に委嘱さる」と、真実とは異なる記載を履歴書になした短大教員を解雇した事案。
その実質を考えると、原告に特段悪意は認められず、その職務遂行能力に影響はなく、これにより被告が原告に対する評価を誤って採用すべきでない人を採用し、そのため損害を被ったなどの事情は一切認められないのであり、したがって、これをもって職務に必要な適格性を欠くと評価することはできないというべきである。
マルヤタクシー事件 仙台地裁 昭和60.9.19
タクシー乗務員として採用されるにあたり、刑の消滅した前科を秘匿し、また職歴にも3ヶ月間の稼働期間の違いがあったという事案について、「前科」は賞罰欄に記載すべきであるが、刑の消滅した前科については、その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼす特段の事情がない限り、告知すべき信義則上の義務はないし、また、3ヶ月間の職歴の稼働期間の違いでは、労働力評価を誤らせるということはできないとして、解雇を無効とした。
三愛作業事件 名古屋高裁 昭和55.12.4 名古屋地裁 昭和55.8.6
最終学歴が大学中退であるにも拘わらず、高校卒と申し出たことは重要な経歴を偽ったことに該当し、それが低位への詐称であるからといって詐称にはあたらないということはできないが・・・職種が港湾作業という肉体労働であって学歴は二次的な位置づけであること、大学中退を高校卒としたものであって詐称の程度もさほど大きいとはいえないこと等を総合すれば、本件学歴詐称のみを理由にした解雇は著しく妥当を欠き、解雇権の濫用であると判断される。